kaigai.20120101


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創 造 の 連 鎖


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平成二十四年元旦 雑感

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江戸時代の観相家 水野南北氏の言葉に

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「 千日千夜祈ってもそこに実がなければ 神明はどこにもおられない

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また実をもって祈ろうとのぞむなら 自分の命を神に献じ奉ることが一番である

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食は自分の命を養うもとである これを献じ奉るということは

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すなわち自分の命を献ずると同じである。 」 と

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食は命を養うもとであるという指摘は とても新鮮です

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私は普段食に気をつかってるほうだと思ってますが

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食が命養うもとであるという実感は正直ありません

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時間がきたから食べる すこしお腹すいたから食べる

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美味しそうだから食べる そんな感じです

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水野南北氏は 腹八分腹七分

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すなわち食を慎むことがすなわち

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自分の命を神に献じることとなり

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それが神に祈るもとである と

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普段私達 神に祈ること まずありません

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百年スパンで時間遡ると 遡れば遡るほど

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神に祈ること 今より日常的であったろうと推測されます

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私達は 神に祈らない という特徴をもった時代に生きてる とも言えます

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神に祈らずすべて自力で日々 切り開いてゆく

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今はそんな時代である ・・・・ かというと

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はたしてそうなのかな  と

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自立自尊が前方に待ち構えており

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神々に祈ってた私達が後方に展開してる

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今はそんな過渡期であるとも

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さて食を慎むことは 自らの命 神に献じ 奉ること ですが

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これはかなりエコな視点です

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年間1キログラムのお肉食べてたの 半分の500gにしたとして

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500gのお肉育つのに仮に十倍の飼料

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例えば5000g トウモロコシ消費されたとして

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その5000gのトウモロコシ育てるのに5tの水 使われたら

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年間の食肉 半分に減らして 5tの水 節水になり   かなりエコです

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さて 慎むという行為は一見消極的  後向きな印象  ぬぐえませんが

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そこで消費されるはずだったもの

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ある人がスルーし  他に回ることで 何倍もの効果をもたらす

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ということは十分ありうるわけです 話はまったく転じますが

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物質の生成と消滅です   水晶天の神話 というものがあります

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ある太陽系があったとします 無限のような時間を経て

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その太陽系は形成され 無限のような時間の後  その太陽系も消滅していきます

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水晶天の神話では その太陽系の消滅は

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バラバラになって霧散するのではなく

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それぞれが 中心へ凝縮集約し 縮小し

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系全体すら 中心へ消滅してゆく というものです

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そしてある時間を経てもとあった空間の さらに外側に水晶天として再生し

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その内側に新たに誕生する新太陽系育てる  もととなる というのです

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物質は中心へ消滅し 後に周辺に現れ

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周辺からその内側に新たに生まれる物質守り育てる、

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ここに創造の連鎖がある、というのです

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これは神話の世界の話ですから 当然正しい正しくないの話ではありません

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一方この神話  ふかく私達の内面に作用させたら

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私達の意志や感情 どんな影響受けるのか は

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興味深い独立したテーマです

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さて 命養うもとである食 普段何げに食してるように

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命養う鍵である呼吸 その呼吸も普段私達は何げに呼吸してます

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呼吸のうち はくほうに着目してみます 呼吸は鼻でしますが

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イメージで喉や胸、腹の中心に はく息吸い込まれるよう 息はいてみます

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ある太陽系がその中心に吸い込まれるように

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私達のはく息を 私達の中心へ向ける

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水晶天的呼吸してみる

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最も大事なもの = 命 = 息  を私用せず

身体の中心へ捧げる

呼吸は生命維持のためのガス交換ですが

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私達がどのように息するか は

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いかにいきるかの 「自由」と 深く関わっているようにも思われます

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水野南北氏は食がいかに大事かを発見し

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その大事なもの  すべて私しない  食を慎むことが

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命を天に献じ 奉ることとなり

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祈りの成就 = 新た展開  の前提 となる 

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と述べてますが

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各人何が大事か 命であるかは まさに個人個人の専任事項と言えます 

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呼吸は大事である も個々の選択のうちの一つと言えます

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そしてその最も大事なもの=命を献じ奉ることで、

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創造の連鎖が運行されてる

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水晶天の神話的には すべて中心に吸い込まれ

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中心に消滅することで

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創造の連鎖がつながってゆくので

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献じ奉ろうが 私し保持しようが

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どの道 中心へ有無を言わさず消滅す  とも言えます

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 ゆっくり奪われるか いきなり奪われるか

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奪われる前  自らの意志て献上する

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まさにその選択の自由を有するところに

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私達の歴史的特性があるように思われます

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まったく同じことが

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私達の意志で行われ 行為となるか

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他の意志で 運命となるか

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まさにこういった思考 するかしないか

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この自由有するのが  

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まさに私達なのだ  と思われるのです 。

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